2011年9月29日木曜日

国民の信頼を失った日本の原子力行政 野田新政権が答えるべき「7つの疑問」 ――田坂広志・元内閣官房参与/多摩大学大学院教授インタビュー

週刊ダイヤモンド 特別レポート 【第138回】 2011年9月16日

 菅政権はとかく批判が多かったが、少なくとも福島原発の深刻さ、今後の廃炉に向けた困難さ、等はほぼ正確に認識していたのだろう。

田坂広志氏は今後の政府が取り組むべき課題として、
国民が抱く「7つの疑問」に、真摯に答えていかなければならない、と言う。

最後に述べている「7つの疑問」にはたして答えられるのだろうか。

易しい原発学

 あらゆるメディアで原発に関わる情報が溢れている。
また、講習会ありデモあり、嫌でも原発に関わってしまう。
そんなに原発とは難しいことなんだろうか?

 日本の原発建設に関わってきた普通の技術者の何でもない単純な論理がある。
それは技術者に限らず政治家でも官僚でも学者でも財界人でもマスコミ関係者でも、
あらゆる人が本当はすでに知っていることなんだと思う。

 「原発は事故があることを想定すれば成り立たないものだ」



 全ての問題はこの単純な論理を忘れていることが原因だと思う。

反原発デモがあれば、左翼だとか反米だとか言う人もいるが、
そんな見方はまだ罪がないほうで、もっとひどいのは公害とも言えるような意見がある。

 池田信夫氏の「さようなら大江健三郎」では、
(以下引用)
「経済活動より生命を優先」するなら、大江氏はなぜ自動車の禁止を主張しないのだろうか。福島事故で放射能で死んだ人は1人もいないが、自動車は確実に毎年5000人を殺す。ノーベル賞の権威と「経済的合理性や生産性ばかりにとらわれない理念」をもって、自動車の全面禁止に立ち上がってほしいものだ。
(引用ここまで)
 池田信夫氏は再々、自動車事故や飛行機事故を例えに出して原発を擁護しているが、
自動車も飛行機も、その他全ての機械は事故があることを想定して、安全になるように技術改革をしてきている。
原発は事故があることを想定すれば成り立たないのである。
現場に行って事故原因を究明することも修復することもできないのが福島で証明されている。
だからこそ原発行政では事故が起きることを「想定不適当」という名のもとに安全研究を封殺してきた。

  何故、過去の様々な多くの事故の事実が隠蔽されなければならないのか?

  何故、危険性や安全に問題提起する健全な研究者や技術者を排除しなければならないのか?

  何故、事故を起こした刑事責任を追及する法律がないのか?

「事故がある」ということを想定してはいけないからである。

 エネルギー問題とか環境問題とかその他いろいろな難しい議論をするまでもなく、
「原発」とは事故が起きないという前提の元で全てのことが行われてきたのが日本の実態である。

これから原発をどうすればいいのかを考えるには、
事故があるという前提の元で全てをやり直さなければならないのである。
人間が全く携わらないで、コンピュータとロボットが完全に人間の代わりをしてくれるような時代になれば、
もしかしたら原発は動かせるかも知れないが。

角を矯めて牛を殺す

小沢一郎元代表「陸山会」事件は、いい加減に記載してよい収支報告書に踏み込んだ特捜が生んだ悲劇だ

最後の言葉:
<罰則強化に携わった小沢一郎元代表は、大きな間違いを犯していた。
また、政治資金規正法を収賄罪摘発の手段としてきた岩村修二・名古屋高検検事長ら特捜部検事らも、
法の運用を間違え、「国策捜査」という「検察ファッショ」を招いてしまったのである。
政治家の腐敗摘発は、刑法の収賄罪か、英国流の「腐敗防止法」を制定して適用するかにより、行うべきであった。
この意味で、日本の政治は、大変な危機状態にある。>

 マスメディアの論説などではこのような問題点は一切無視されている。
政治の話題には明示的かどうかは別にしても右か左かと言うような無意味な不毛の議論が先行して、
もっと根本にある民主主義にとっての危機感がまったくない。

 「素人感覚」などというとんでもないメディアの言葉が、
命がけで活動している真の政治家を日本からなくしてしまうことになっている。

 今の日本はスポーツであれ芸術であれ、科学であれ政治であれ、
本当の意味での専門家がいなくなってしまった。
本当の意味での専門家と言える日本人は多くいるけれども、
全て海外に流出、日本では生きていけないのである。

2011年9月28日水曜日

原発は何処から、何処へ――

 こういう連載は事故が起きる前にこそ必要なのだが、不幸にも事故前は、
公表することが政治的にも経済的にもほとんど不可能なのが日本の歴史だった気がする。

 原発問題は福島の事故が起きたことで、反対派、推進派の両陣営の争いのような現象に見えるかも知れない。
何も知らない人、無関心な人にとっては。

 他の問題と決定的に違うことはあまりにも原発に関する事実が知られていないということ。
原発という発電施設、発電方法の問題ではないのである。

 日本の核政策という歴史を詳細に知らなければ、現在あちらこちらで議論されている情報の真偽すら判断できないかも知れない。
原子力と言えば高度・専門的な科学技術分野というイメージがあるが、
科学技術とか専門の学者・研究者の関わる土俵なんて甲子園球場での針の穴のようなもの。
核政策の全体像というものを理解しないと日本の原発が抱えている問題は決して議論すべきではない。
なまじっかな知識、あるいは嘘で塗り固められた情報だけで原発の話しをすること自体が罪悪だと思う。

 これは何も一般の人のことではなく、世の中で広く意見を言っている知識人と言われる人たちのことである。
本当に核に関わる歴史や全体像を理解しているのですか?
と聞きたくなる知識人があまりにも多い。

 自民党のある国会議員が自民党のエネルギー特命委員会での実態をブログで公表している。
「答えられない」

2011年9月27日火曜日

東京地裁の登石郁朗裁判長は、「物証主義」否定、「疑わしきは罰する」最悪な判決を下した劣悪な裁判官だ

 推理小説のような判決。

「…と考えられる」「…とは到底考えられない」「…はずがない」「…としか考えられない」「…と推認される」

ある議員のツイッター:
「検察のストーリーということは聞いたことがあるが裁判所のストーリーとは初めてだ」

裁判長といえども大きな力には勝てず、
誰が見ても論理的なミスがわかるような判決で最後の抵抗、
つまり「自爆テロ」だという筋書きがもっとも納得できそう。
検察と同じく裁判所の権威は地に墜ちた。

日本が忘れた普天間問題に取り組む米議会

 日米両政府が進める沖縄米軍の普天間基地の辺野古への移転計画について、5月12日、3人の米上院議員が、財政的・時間的に不可能なのでやめるべきだとする提案書を、米政府(国防総省)に提案した。

官僚が隠す沖縄海兵隊グアム全移転

野田首相は沖縄の人たちの要望、日本国民の要望をオバマ大統領に伝えるのじゃなく、
米国の要望を実現するために沖縄の人たちを説得するという。
いったいどこの国の首相なのか。

根拠なく推測と矛盾だらけの陸山会判決

検察のみならず、裁判所までが推測や印象にもとずく恣意的な判断をしていることを自ら明らかにしたのが今回の判決といえる。

この結論は決して論理の飛躍じゃなく十分に納得できることだけれども、
マス・メディアの報道だけに頼っている人たちには裁判の詳しい情報は入ってこないと思う。
それに小沢一郎に対する人物破壊工作は最後の仕上げに入ったのかも知れない。
あるいは最後のあがきかも知れない、これほど水準の低い見え見えの判決をしなければならないということは。

 MOX燃料に疑問を持った佐藤栄佐久前福島県知事を収賄罪で貶めたのも、
村木事件と同じ検事だったそうだが、判決は収賄金額0円という有罪。なんだこれは?

佐藤栄佐久著:「福島原発の真実」

佐藤栄佐久氏は反原発でもない、単に安全性に疑問を持っただけである。
微罪だから良いとは言えないけれども政治家と金の問題で100%潔癖と言える政治家なんているだろうか。
検察が特定の政治家を特定のタイミングで抹殺することができる日本が異常なのではないか。

 ウォルフレン氏は日本のことを好きだという。
些細な罪で有能な政治家が抹殺されて行く日本の現状をとても心配している。